2026年3月7日土曜日

自然治癒力について

 

統合失調症完全克服マニュアル part2

自然治癒力について

 統合失調症には西洋医学的には有効な治療方法がないことは、この文章を読む人はすでに分かっているだろうと思う。つまり統合失調症はすでに自分自身が持っている自然治癒力を高めることによってしか治らない。そういうわけで自然治癒力を高める一般的方法についてここでまとめて書いておこうと思う。これから書く内容は「自然治癒力を高める方法」とか「自律神経を整える方法」とか「良い睡眠をとる方法」とかのワードでググればほとんど出てくるし、自然治癒力を高める心の持ち方については、安保徹の「免疫革命」や帯津良一の「がんに勝った人たちの死生観」とか土橋重隆の「50歳を超えてもがんにならない生き方」などの本により詳細については書かれているが、多くの統合失調症患者は陰性症状でやる気が湧かなくてとてもググったりして調べる気力も本を読む気力もないと思うので書いておく。もちろん気力がある人はここに書かれている内容のより詳細を知るためにも実際に本を買って読んでみることに越したことはない。

まずchat GPTで自然治癒力を高める方法について訊くとこんな感じで答えてくれる。

 

1.           自律神経のバランスを整えること

2.           食生活を整えること

3.           適度な運動をすること

4.           睡眠をしっかりとること が重要です。

 自律神経のバランスを整えるためには、深呼吸や瞑想、ヨガなどが効果的です。食生活では、発酵食品や食物繊維、ビタミン類やミネラルを積極的に摂ることが重要です。また、適度な運動は免疫力を高め、自然治癒力を向上させます。睡眠不足は免疫力低下の原因になるため、しっかりと睡眠をとるようにしましょう。

以上が自然治癒力を高めるための方法です。ご参考になれば幸いです。

 

正直に言って発症から2年以内の人はこれだけで回復に必要十分な知識になる。つまり毎日散歩することとともかくベッドで毎日8時間は横になって目をつぶっていることを心掛けるだけで十分だし、陰性症状で無気力になっていてそれ以上のことはできないだろうからこれ以上先の文章について読む必要はない。ただもうすでに発症から2年以上たって一応もう少し気力が回復している人のためにここから先の文章を書く。

まず自然治癒力を高める方法をより具体的に箇条書きにして書いてみる。

1 冷水摩擦、乾布摩擦をする。つまり血行を良くすると自然治癒力は高まるということ。

2 発酵食品を取る。炭水化物をしっかり食べる。ダイエットはしないこと。(どういうことかというと脳腸相関と言って脳と腸は密接に影響しあっていて、腸の善玉菌は炭水化物をえさとしているので、きちんと炭水化物を取って腸内に腸の善玉菌を増やすことによって腸をいい状態にし、そのことにより間接的に脳の状態をよくして、精神病を治そうとし、かつ自然治癒力を高ようということである。)

3 頭寒足熱。冬はヒートテックの下着を履いて足を温めるとよい。

4 きちんとした服薬管理。薬の飲み忘れや飲んだことを忘れて一日のうちにもう一度飲まないためにちゃんと薬専用のごみ箱を作り、飲み忘れ等をなくすこと。

5 寄生的人間(テイクアンドテイクな人)とは付き合わないこと。寄生的人間と付き合うと心身ともに疲れて自然治癒力が抑制されるからである。

6 十分な栄養を取るためにビタミンサプリを飲むこと。(ビタミンサプリを飲むことはおすすめするがヤマブシダケとかなんかあやしい高額なサプリを飲むことはおすすめしない。私の知る限りある程度治った統合失調症患者で高額なサプリが効いたと主張する人は見たことがない。)また栄養を取るうえでの盲点となっているのが五大栄養素以外で酸素があることを知っておくこと。睡眠時無呼吸症候群などで十分な酸素が体にいきわたらない状態だと自然治癒力が極めて低くなるので、睡眠時無呼吸症候群の人は必ず病院に行ってC-papをレンタル契約してC-papをつけて夜寝ること。また毎朝ラジオ体操して日常生活ではあまり使わない筋肉を一日一回動かすと、体の隅々まで酸素がいきわたる効果があるので一日のうちにする適度な運動の中にラジオ体操を入れておくことを強くお薦めする。

7 メモ帳を常時携帯して、メモを取る癖をつけること。(自然治癒力を高めるには健全な自尊心を持っていることが大切なのだが、統合失調症患者は抗精神病薬の副作用で忘れっぽくなっていてそれがいろいろなミスを引き起こしそれが統合失調症患者の自尊心をボロボロにするので、それを防ぐためにメモをこまめにとると自尊心を保ちやすいということ)

8 水虫を治すこと。皮膚は「露出した脳」と言われているように皮膚病を治すことは脳にもいいと言われている。また冷水摩擦や乾布摩擦をすることは血行を良くするだけでなく皮膚に適度な刺激を与えることによって脳を活性化させるとも言われている。

9 前日の夜に次の日にやる用事を書き出しておき、当日きちんとひとつひとつこなしていくと人生をセルフコントロールしている感じ(自己効力感)が高まり、自尊心が強固になり自然治癒力が高まる。

10 家の前の道路やごみ集積所の掃除をするなど利他行為をすると自尊心が高まり、自然治癒力が上がる。(陰性症状の人は利他行為をするような余分な気力は持ち合わせていないと思うが一応利他行為をすると自然治癒力は上がるということは覚えておいても損はないと思う。)

11 規則正しい生活(早寝早起き)と適度な運動(一日1時間くらいのゆっくりと歩く散歩)、十分な睡眠は自然治癒力を高める

 

 

次に自律神経を整える方法について箇条書きにして書いてみる。

1 規則正しい生活をすると自律神経を整う。

2 1対2の呼吸法をする。(鼻から3秒かけて息を吸って口から6秒かけて息を吐くという呼吸法を1日1分くらいするといい)

3 自分に自信を持っていると(つまり自尊心が強固だと)自律神経は乱れにくい。逆に自尊心がボロボロになると自律神経も乱れやすくなる。

4 三食しっかり食べると自律神経は乱れにくくなる。

5 朝、ラジオ体操を毎日すると自律神経は整う。

6 よく噛んでものを食べると自律神経は整う。

7 朝はできればバタバタしないでゆっくりと過ごせると自律神経にはいい。

8 外を歩くとき遠くを見て歩くと自律神経は整う。

9 怒ると自律神経は乱れる。笑うと整う。(抗うつ薬や抗精神病薬には薬剤性易怒性といってちょっとしたことで怒りやすくなる副作用があるからどうでもいいようなことで妙に自分が怒ったりしたら、薬の副作用が出でいるんだなと少し冷静になること。また抗うつ薬や抗精神病薬は自然治癒力を阻害すると言われている最大の理由はこの薬剤性易怒性により自律神経が乱れることが原因であることをよく理解しておくこと)

10 基本的に自律神経(副交感神経(リラックスを司る)と交感神経(緊張を司る))には波があって、体調は長期的に、45年単位で見るとぐったり(副交感神経、交感神経ともに低い状態)のんびり(副交感神経が高く交感神経が低い状態)絶好調(副交感神経と交感神経がバランスよく高い状態)頑張りすぎ、焦りすぎ、無理しすぎ(副交感神経が低く交感神経が高い状態)ぐったりと変化していくことを知っておくこと。また自然治癒力を高めるにはなるべくのんびり(副交感神経が高く交感神経が低い状態)した状態が望ましいので体調が絶好調になったり、頑張りすぎているようになったら意識的になるべく休むことを心掛けること。

11 早寝早起きを心掛けること。

12 自律神経は男は30代から、女は40代から弱まって乱れやすくなるのを知っておくこと。つまり男は30代、女は40代からリラックスしようと思ってもリラックスしにくくなるということを知っておくこと。

13 怒り、絶望、恐怖といった感情を不断に感じると交感神経を優位にさせすぎて、自律神経は乱れる。

 

次に良い睡眠をとる方法について箇条書きにして書いてみる。

1 寝る3時間前までに夕食を取ること。

2 入浴は寝る90分前がいい。(風呂に入ることは血行をよくして自然治癒力も上げるし、寝つきもよくすることを知っておくこと)

3 寝る前にカフェインをとらないこと。

4 できれば夜10時までにはベッドに入ること。(睡眠のゴールデンタイムと言われる夜10時から2時までの間に眠っていることがベストなことを知っておくこと。)

5 耳栓やアイマスクなどしてなるべくいい睡眠をとろうと心掛けること。

 

 次に免疫力を高める方法について箇条が気にして書いておく。

1 適度な運動をすること。

2 十分な睡眠をとること。

3 よく笑うこと。

4 リラックスする時間を持つこと。

5 よく噛んでものを食べること。

 

次に末期がんを宣告された患者でがんを完治させた患者がどんな風に心を切り替えて自然治癒力をあげたかについて、ちょっと書いてみる。

サイモントン療法で知られるカール・サイモントン氏によればがんサバイバーは他のがん患者と同じくみんな生き抜きたい、なんとか回復したいと強く思っているが、ただその気持ちの傍らで、いつでも死ねる、という潔い気持ちを併せ持っているそうだ。そのいつでも死ねるという気持ちが心に余裕を与え、自然治癒力をアップさせると報告している。

また「余命宣告から劇的に寛解に至った人たちが実践している9つのこと がんが自然に治る生き方」を書いたケリー・ターナーは

1 治療法は自分で決めること。

2 直感に従うこと。

3 抑圧された感情を解き放つこと。

4 より前向きに生きること。

5 周囲の人の支えを受け入れること。

6 自分の魂と深くつながること。

が大切だと言っている。

また「50歳を超えてもがんにならない生き方」を書いた土橋重隆氏は、「病気を治す主体はあなた自身である。あなたが考え、あなたが選択し、あなたが体験する。その主体性が病気を治すカギになるのです。」と言っている。

以上でネットや本に書いてある自然治癒力の高め方についての要約は終わる。

 

ここからは統合失調症を克服した私が自分自身の体験から気づいた自然治癒力を高める方法について語る。

まず前提として今これを読んでいる統合失調症患者の多くの今現在の心理状態について語る。

統合失調症が現代の精神医学では治療不可能なのは諸君も分かっていると思うが、それにもかかわらず諸君の多くは医者と薬について根拠のない絶対的な信頼を抱いているはずだ。絶対的信頼とはどういうものかというと医者の言うことをきちんときいて、薬を確実に飲めば100%の確率で治ると確信しているということである。実際エビデンス的には先進国で統合失調症にかかって抗精神病薬を飲んでいる患者が完全寛解する確率は5%となっているので諸君の確信は絶対的に間違っている。

また諸君は統合失調症について他の同病の患者と情報交換したり、副作用について相談したり、病気についての体験談を語り合ったりしていないはずだ。この文章を読んでいる人でデイケアに今現在行っている人やかつて通っていた人はたくさんいると思うが、デイケアで他の患者と話す機会はいっぱいあったと思うがそこでは病気についての何も有益な情報交換は行われず、患者同士は何の役にも立たない世間話をして時間がつぶしていたはずだ。

何が言いたいかというと、つまり諸君は医者や薬を盲目的に信じ、主体的に自分で情報収集し、自分で考えて統合失調症を治そうとしていないということだ。

上述してあるように奇跡の生還を遂げたがん患者はみんな自分で情報収集し、自分で治療法を考え、あるいは選択して回復したことから考えて諸君の治療法の最大の間違いは99%の確率でそこにあるといっていいだろう。

 どうして諸君が主体的に統合失調症を治そうと思えないのかというと、それは諸君が精神病院に入院していた時に強い洗脳にあって今でもその洗脳が解けていないからであると私は思っている。どういう洗脳かというとともかく精神科医の言うことを聞いて薬を精神科医の処方通り飲め! 決して精神科医の治療法に疑問を持つな! 確かにエビデンス的には5%の人しか統合失調症は治らないが、精神科医は常に正しくて、95%の治らない人たちは何らかの形で精神科医の指導から外れたことをしているから治らないのだと信じろ! だから他の同病の患者と病気について情報交換などするな! 誰にも病気について相談したりするな! 精神科医と薬だけを信じろ! という洗脳である。

どういう方法で洗脳を受けたのかというと、まず精神病院に強制的に入院した人は大体保護室に監禁される。保護室に閉じ込められて運動が全くできずに過ごすことはものすごく苦痛だったはずだと思うが、そこで弱音を吐いて精神科医や看護師に泣き言を言い精神科医や看護師に従順な態度(つまり一人前の人間としての誇りを捨てて媚びを売るような顔をすると)を示すと23週間で保護室から普通の閉鎖病棟に出られたはずだ。そしてまた精神科医や看護師に不従順な態度(つまり一人前の人間としての誇りを取り戻したような顔をすると)保護室に再度入れられたはずだ。(ちなみに私は保護室に3か月間入っていて、もういい加減保護室から出て行ってくれと精神科医に言われてから普通の閉鎖病棟に移った。)

こういうことを繰り返されることにより諸君のうちで自尊心があまりしっかりしていない患者は精神科医に対してまた保護室に監禁されるのではないかという強い恐怖感から奴隷的態度で接するようになる。その自らの心の弱さからくる奴隷的態度を自身に見えないように隠しかつ自己正当化するために精神科医を心正しいいい人だと思い込もうとし、精神科医に対して強い信頼感を抱こうとするようになる。これが諸君が洗脳された方法だ。つまり諸君自身のどんな手段を使っても保護室から一刻も早く脱出したいという弱く卑賤な心を自己正当化するために諸君が主体的、積極的に洗脳されていっていると言っても間違いではない。

この洗脳から解けないうちは心の奥底に保護室への強い恐怖感が強固にあるから自然治癒力が低い状態のままであり、なかなか統合失調症は回復しない。そういうわけでまず諸君は諸君にかかっている洗脳を解くことが最優先となる。

どうやったら洗脳が解けるのかというと基本的には、行動療法的アプローチによって治す。つまり諸君の洗脳のかなめである他の患者と情報交換してはいけないという禁を破ることである。他人と情報交換することははじめはかなり心理的抵抗があると思うが、意識的に強引にする。例えば5chのメンタルヘルス版の統合失調症患者や統合失調症の寛解者がたくさんいるスレをお気に入り登録してそこを毎日閲覧しながら時々他の患者に色々質問したり、相談すると洗脳の7割くらいは解ける。リアルのデイケアや作業所では他の患者も諸君と同様に洗脳にかかっているので、他の患者に病気について相談しても他の患者も必死で話題をそらそうとするが、5chに常駐している患者や寛解者は私も含め洗脳にもともとかからなかった人や洗脳から解けた人が多いのでちゃんと質問に答えてくれると思う。残りの3割の洗脳は諸君が面倒くさい回復への道(回復する道は決して苦しい道ではないが、少なくとも楽で簡単な道ではない)を一歩一歩歩んでいるうちに解けてくる。

洗脳が解けてくると自分の人生をコントロールするのは自分自身だという当然の気持ちを持て、そのことにより心に余裕が持てるようになるから、自然治癒力を高まる。

 

          

上記のように洗脳が解けたら、以下のようなことに気を付けると自然治癒力がよりアップすると個人的には思う。

1         上述しているとおり、「皮膚は露出した脳」と言われていて冷水摩擦や乾布摩擦が脳にいい刺激を与えると言われているが、私は日焼けサロンに年1回くらい行って、全身の皮膚に紫外線の刺激を与えることも脳にいいと思っている。日焼けサロンは全裸で一回20分くらいの時間、紫外線を浴びるところなのだが、ついでに全身を紫外線消毒もできるのでその面から言ってもおすすめである。(大体10秒くらい紫外線を当てるとその部分は殺菌できるので、20分間いろいろ体勢を変えて体の隅々まで紫外線殺菌をすることを強くお薦めする。)

2         またイボや足の裏に魚の目のある人や年を取って首とかわきとか股のデリケートゾーンに皮膚のたるんだものでできた出来物ができたときは面倒くさがったり、恥ずかしがったりせずに皮膚科に行って皮膚の出来物を取ることは脳にいい影響を与え、精神病を改善させると私は思っている。

3         身に付ける下着や服はなるべく青色や白色のものにする。髪は男だったら短髪にする。つまりすっきりとさわやかな身なりにしようと心掛けていると自然治癒力は高まりやすくなる。

4         朝日を浴びたり、公園のベンチでゆっくりしながら冷水で口をすすいだり、冷水摩擦をしたり、清らかな感触や感情を一日1分でも味わえると自然治癒力は高まる。

5         退院後はとりあえずいったんは人生を諦めて、自尊心の中核となる本当に大切なもの以外はいったん全部手放して、ゆっくりと1年くらいは休む気持ちを持つと逆に人より早く回復する。

6         心を青くすると自然治癒力は高まる。心を青くするとはどういうことかというと、この文章を読んでいるほとんどの人は難病にかかって自分はなんて不幸なのだろうと被害者意識に凝り固まって心が絶望で真っ黒になっていると思うが、その思いとは別にアフリカではもっと不幸な子供がたくさんいるという事実を一日一回は思うと心が青くなれる。つまり統合失調症というこの世の地獄を体験しながらもきちんとした加害者意識を忘れないある種の真面目さを持つことによって心の中の絶望の色を黒から青に変えることが心を青くするということである。

 

    心を青くするということについての詳細説明

  統合失調症の急性期には誰もが心を恐怖感に支配されるし、陰性症状においては心が真っ黒な絶望感でいっぱいになる。またそのような恐怖感や絶望感に支配されている時は心に極度の緊張感が張りつめている。

そういう時は他人に人間的好意など抱ける余裕などなく、疑心暗鬼になり他人の好意を拒絶してしまうので自分の性格が悪くなったように感じてしまうものである。もう自分の心の中の大慈悲(無差別愛)の炎は恐怖感や絶望感により吹き消されてしまったように感じられ、それがより自分を心細い寒々とした気持ちにさせ、そのことによってより恐怖感や絶望感を強く感じてしまうようになる。

  そういう時どうすればいいかというと心を青くすればいいのである。極度の恐怖感や絶望感を感じている時、無意識下の大慈悲(無差別愛)という温かい陽の感情は陰に転じて大智という静清な知性に変わってるので、そういう時はともかく自分の中に感情的温かみを求めるのではなく、ともかく自分の生き地獄的な今の状況からの脱出方法を冷静に真面目に考えて考えて考え続ければ、無意識下の大智が青く輝き始め、心が青くなる。つまり心を青くするとは絶体絶命のピンチや絶望的状況において取り乱さず、真面目に冷静にその状況下において脱出口を考えることをいう。絶体絶命のピンチや絶望的状況において人は自暴自棄になったり、錯乱したりしたくなるものだがそういう醜い感情をあくまで知性で押さえつけて、冷静になるということでもある。

  心が青くなれば心の中に張りつめていた極度の緊張がゆるみ、心の中の恐怖感や絶望感を客観視できるようになる。心の中の恐怖感や絶望感を客観視できさえすれば、想像力によって強化された恐怖心や絶望感は一気に相対化され縮小されるので、恐怖感や絶望感をほとんど克服でき、より正気に戻りより真面目に冷静に考えられるようになるという好循環に入る。 

  大智とはどういうものかと、もう少し詳しく知りたい方もいると思うのでちょっと説明しておく。大智とは仏教では大慈悲を知性化したものだと言われている。私自身は圧倒的恐怖感や絶望感の中で真面目に冷静に自分の身の回りの状況と自分自身の状況を考えること自体を大智だと基本的に考えている。(ちなみに圧倒的恐怖感や絶望感の中で大慈悲を意志化したものが捨て身の心、捨て身の覚悟というものであると私は思っている。)

また大智はあくまで知性であり大慈や大悲とちがい感情ではないので大智を意識上に浮かび上がらせることによってなんらかの悟り体験というものを得られるものではないと私は思っている。少なくとも私は大智を神秘体験を伴う悟りとして得たという告白のある書物を読んだことはない。)無意識下の大慈悲という感情が意識上に共同体感覚や他人への友愛の心を作るように、無意識下の大智という知性は意識上に美意識というものを作る。そして美意識と捨て身の心が逆境下においても人に美しく生きようとさせ、または美しく死のうとさせる気力を生み出す。

全く脱出口のない所に追いつめられたように感じる逆境下において心を青くして真面目に冷静に考えると一般的にどういう解決策を見つけ出すかというと、統合失調についていえばもう統合失調症という障害を持った自分にとっては美しく生きるために、または美しく死ぬために害にしかならない小我の欲望やつまらない執着、虚栄心などをできるかぎり意識的にとりあえず当面の間刈り込んで身軽になろうという解決策に行きつくはずである。そして実際自分にとってどうしても大切な中核部分以外の自分を刈り込むことにより自分自身が人間として素朴になり、そのことにより自分をセルフコントロールしやすくなり、再び心に余裕が持てるようになる。そうすると周囲の人間の自分への対応が変わり、世界の局面が変わる。世界の局面が変わると生き地獄からの脱出口が見つかり、生き地獄から脱出できるようになるというのが一般的解決策といえる。

確かに上記の通りすればすべての統合失調症患者にとって必ず100%周囲の人々や周囲の状況がいい方向に変わり、すべての統合失調症患者が生き地獄から脱出できるようになるとは私自身も断言はできないが、基本的に心を青くすれば、人間として素朴になり、人生をまたセルフコントロールできるようになるので、そのことによりある程度逆境下においても心に余裕が持てエレガントに生きられるようになるということは100%確実に言えると私は考えている。

結局統合失調症患者にとってはエレガントに生き、エレガントに死ぬこと自体がゴールなのであり、エレガントに生きるということは統合失調症を発症してしまったという自分の不幸を美しく思える心を持てるかどうかなのである。つまり圧倒的恐怖感や絶望感の中でも大智を輝かし真面目に冷静に考えると、必ず自分の不幸な人生を美しく思えるくらいの心の余裕を持てるようになれ、エレガントに生き、またはエレガントに死ねるので統合失調症患者にとっては心を青くしようと思うことはやはり最重要なことなのである。

しかし統合失調症の回復期前期において一度完全に絶望することは、私は非常にいいことだと思っている。一度完全に絶望しなければ、どうしても人並みに幸せになりたいという執着を捨てられず、心を青くすること、諦念を持つことはできないからである。

 

7         美術館に行って、一流の芸術家が本気で精魂込めて描いた作品を見ると、その芸術家の真面目さが自分の心に伝わってきて自然治癒力を高める。

8         戦前日本で結核が流行っていたのは動物性たんぱく質の少なすぎる食事が原因であり、戦後脱脂粉乳を取るようになって劇的に結核が減ったという事実からも動物性たんぱく質はなるべくとった方が自然治癒力は高まり、精神病も治りやすくなると私は思っている。

9         プールで水中ウォーキングすると自然治癒力は高まる。プールの中ではゆっくりしか動けないので必然的に心の焦りが取れるし、またプールの中では普段動かせない筋肉を動かせるので、それが体に新鮮な刺激を与え、気分がリフレッシュさせる。そういうわけで月に一回くらいプールに行くことはわりといい治療法だと私は思っている。

10      「いつでも死ねる、でも生きているなら回復して元のようなすっきりした頭の状態になりたい」と思えると統合失調症は回復しやすくなると思う。つまり回復のとりあえずのゴールを社会復帰して人並みの幸せを掴むことにおくのではなく、あくまで頭が病前以上にすっきりして物事をクリアに考えられる状態をとりあえずのゴールとすると治りやすいということである。

11      510年かけて、つまり腰を据えて一歩一歩粘り強く統合失調症を治そうという人は治りやすい。

12      野菜をよく噛んで味わって食べると、清涼感を感じ自然治癒力は高まる。

13      自尊心を大切に守って生きていると自然治癒力は高まる。統合失調症という人生最大の逆境に遭遇すると被害者意識に飲み込まれてその結果セルフネグレクトして、自尊心がボロボロになりやすいが、そうならないためにともかく捨て身になって損得勘定を捨てて美しく生きようと思うことが肝心であるということである。(美しく生きようと思えれば被害者意識に凝り固まらずに生きられ、自尊心がボロボロにならないということ。)

14      過去の恨みは水に流すと自然治癒力は高まる。できなければ少なくとも回復するまでは忘れようと努めだけでもいい。

15      克己心のある人は自然治癒力が高い。毎日散歩して、早寝早起きをして規則正しい生活を送る努力をしている人は、完全に治るかどうかは分からないけれでも、それだけで統合失調症患者の上位20%のエリート患者には必ずなれる。(短時間バイトができるくらいの社会復帰は必ずできるということ)

16      病気になって一度心が落ち込むのは誰もがそうだが、23年たっていろいろ吹っ切れて今の自分を好きになれた人はそこからぐんぐん回復していきやすい。

17      心のゆとりがある人、つまり清々しい心の人や心が安らかな人は回復しやすい。

 

最後に自然治癒力が低い人の特徴についての私の個人的意見を書いてこの章を終わりにしたいと思う。

1       黒や赤い下着や服を好んで着ている人は自然治癒力が低い。黒は絶望を象徴し、赤は攻撃、敵意を色彩心理学的に象徴するのだが、病院の待合室でこういう色を好んで着ている人で穏やかで精神的に安定している表情をしている人を私は見たことがない。また冬場においてふわふわした暖かそうな服を着ている人は冬場でもこざっぱりしてさわやかな服装をしている人(言い方を変えればちょっと寒そうな服を着ている人)より待合室での表情は大体暗いし、体調も悪そうに見える。

2       同病の他の患者に対して横柄な人、同病の他の患者を馬鹿にしている人は自然治癒力が低い。(弱者への敵意を強く持っている人、つまり性格の悪い人は自然治癒力は低いということ。統合失調症を寛解した人は例外なく明るくフレンドリーな性格をしている。)

3       自尊心がボロボロになっている人は自然治癒力が低い。統合失調症患者の6割以上は自尊心がボロボロになっていると思われるが、そういう人の精神的特徴はともかく他力本願で医者や薬を信じ、今の逆境から逃げよう逃げようとしていることである。逆に統合失調症患者で自尊心のある人の特徴は自力本願で回復期初期にストイックに重い体を引きづるようにして毎日散歩したり、規則正しい生活をし、今の逆境、不幸に立ち向かい、乗り越えようとしたことのある人である。

4       不真面目な人は自然治癒力が低い。不真面目な人とはどういう人かというと、ともかく利己的で、自己正当化ばかりして、被害者意識に凝り固まって無気力になってセルフネグレクトしている人である。

5       一生懸命回復しようとする人は自然治癒力が低い。真面目で克己心のある人は自然治癒力が高いのだが、一生懸命にがんばって回復しようとすると、体が緊張して、力んでしまって逆に自然治癒力が働かなくなる。あくまでリラックスしながら真面目であって克己心をもって養生している人は自然治癒力が高いと言うこと。

6       卑怯に要領よく生きようとすると自然治癒力は低くなる。確かに健康なときうまく立ち回ろうとする要領のいいひとは社会的に成功しやすいが、病気になった時に卑怯に要領よく立ち回ろうとする患者は病気が治りにくくなる。病気になった時、目の前に大きな障害としての壁が立ちふさがっていると思うが、壁を叩き壊そうとするとか、壁を乗り越えようとするとか、正攻法で攻略しようとする人が基本的に一番治りやすいということ。

7       孤立した生活を送っていると自然治癒力は低くなる。一人でいるのは楽だけれどもあえてデイケアや作業所に行ったり、短時間バイトでもいいので何らかの社会参加をしたりしていると病気は格段に治りやすくなる。

8       退院後、12年の短期間で統合失調症を治そうと思っている人は12年で治らないと諦めてしまうので統合失調症は治りにくくなる。

9       経済的事情や家庭の事情で病気の回復、養生に専念できない人は統合失調症を治すことはなかなか難しい。統合失調症を治すためには経済的ゆとりや精神的ゆとりが必要不可欠だと私は思っている。

以上

                 

                完

 

 

2026年1月12日月曜日

統合失調症の予後良好因子について

 

統合失調症の予後良好因子について

 

 統合失調症の予後良好因子としては、太っていることと発病前に自殺未遂経験があることがよく知られている。その他の統合失調症の予後良好因子は基本的に、自然治癒力を高める方法とかなり重複しているところがあるが、それらについて知りたい人もそれなりにいると思うので今一度列挙しておきたいと思う。

 

1       医者の言うことを盲信せず、自分でいろいろと統合失調症の治療法を調べて、治そうという人、つまり自力本願的な人は治りやすい。

2       自分より体調のいい他の患者の意見に耳を傾けられる人は治りやすい。

3       緑の多い公園を散歩したりするのが好きな人、つまり自然とふれあうのが好きな人は治りやすい。

4       自分の飲んでいる薬の副作用をググって調べたことがある人は治りやすい。

5       セルフネグレクトせずに日々統合失調症のリハビリとして散歩できる人は治りやすい。

6       デイケアに通ったり短時間バイトをしたりして、家族以外の他人と関わりのある生活をしている人は治りやすい。

7       被害者意識に飲み込まれない人、つまり発展途上国では自分より幼い何の罪もない子供が日々餓死している事実を時々思い出してどこか自分の統合失調症であるという不幸を突き放して見られる人は治りやすい。

8       自分より体調の悪い同病の患者に対してかわいそうと思える人は治りやすい。

9       身だしなみにそれなりに気をつけている人は治りやすい。

10    セルフネグレクトせず粘り強く養生できる人は治りやすい。

11    セルフネグレクトしているわけではないけど、どこか自分を軽く見られる人は治りやすい。

 

次に予後不良因子を持つ人がどのような人なのかということについて列挙していく。

 

1       待てない人は治りにくい。つまり毎日重い体を引きずりながら散歩することによって45年かけて自分が変容していくことを待てない人は治りにくいということ。

2       一日中、家に引きこもって、日光を浴びたり外の空気を吸わない人は治りにくい。

3       統合失調症になった劣等感を短絡的に解消しようとして、社会的弱者を馬鹿にしたり嘲笑したりする人は治りにくい。

4       デイケアを幼稚だと馬鹿にして行かずに家に引きこもる人は治りにくい。

5       楽して要領よく統合失調症を治そうとする人は治りにくい。(地道に治そうとする人は治りやすいということ。)

6       いつも不機嫌な人は治りにくい。

7       医者を盲信して、薬を飲むことだけが統合失調症の治療だと思っている人は治りにくい。

8       12年散歩して何の成果もないと思って、簡単に諦めてセルフネグレクトする人は治りにくい。

 

大体、これくらいの予後良好因子と予後不良因子を知っておけば十分だとおもう。          

 

2025年12月10日水曜日

今回のスタグフレーション大恐慌において日本政府はどのようにふるまうべきかということについて

 

今回のスタグフレーション大恐慌において日本政府はどのように振る舞うべきかということについて

 

今回のスタグフレーション大恐慌期において、どのように日本政府が振る舞うべきかということについてちょっと考えてみたのでメモしておく。

 1929年から始まる世界大恐慌は大農業恐慌という面を持ち合わせていた。大恐慌の中心となったアメリカでは農産物の生産量が約3割縮小し、農産物の価格は65%くらい暴落した。アメリカ政府は農産物の価格の維持をやっきになってしたが、全く価格を維持できなかった。そのことにより多数の農民が破産したり、小作人が解雇され流浪の民となり社会不安が高まった。またアメリカの農産物の生産量が3割縮小したことにより、農産物の価格は暴落したにもかかわらずアメリカでは飢える人が多数出た。

なぜアメリカで農業恐慌がこれほどまでに激しくなっていたのかというと、私見では1910年代からアメリカで普及し始めたトラクターなどの農業機械がアメリカの農業の生産性を飛躍的に高めたことにより、農産物の国際競争が激化し、農家同士でつぶしあいの価格競争が行われたことが一因となっていたと思っている。

 大恐慌期、日本でも米の価格は二分の一まで暴落し、農家では口減らしのために「娘の身売り」が広範に行われた。

 今始まっているスタグフレーション大恐慌においては、農業分野でそれほど熾烈な国際的価格競争が起こっているわけではないので多分大農業恐慌は起こらないと思うが、それでも大恐慌期において農家の破産が続出するような事態は絶対避けなければいけないため、今後他の金利の高騰する場面においても、農家が借金して買っているトラクターやトラックなどの農業機械に対する金利は引き続き低利にしておいて、スタグフレーション大恐慌が終わるまでは農家が破産することをできるかぎり回避させようとすることが望まれる。

 また農家への融資を低利にすることは、日本の食糧自給率をアップさせることにつながり、日本の食料輸入額を減らすことになり、それにより世界的地産地消が進む中で、今後日本の海外への工業製品の輸出量が減っていっても貿易赤字を拡大させないことにつながることなのでその面から見ても望ましいことである。

 また日本の食糧自給率をアップさせることは日本の実物収益資産の評価額をアップさせることと同義であるため、日本のスタグフレーションの克服について寄与することにつながると思われる。

 

 また1929年から始まる世界大恐慌ではアメリカの製造業は大企業の正社員の賃金を下げない代わりに、生産量を8割近く下げた。そのことにより町には失業者をあふれ、社会不安を高まった。またアメリカの大企業は雇用をパートタイマーなどに置き換えることによりアメリカ製造業の賃金の支払総額は1929年に比べて1932年は二分の一以下になった。

 1929年の大恐慌においてはトラクターの普及により農業大恐慌が発生したように、今回のスタグフレーション大恐慌においてはAIの普及により全産業分野におけるホワイトカラーの大規模なリストラが行われる可能性が極めて高い。理論的にはホワイトカラーの正社員たちにとってはワークシェアリングを行うことが最良であるが、基本的にホワイトカラーの正社員は「今だけ、金だけ、自分だけ」をモットーとして言う人が大半であるためそれはできないであろうし、日本経済においてもブルーカラーの人手不足を解消するためにホワイトカラーからブルーカラーへの職種転換を進めることは好ましい。またホワイトカラーのリストラを進めることは社会の格差解消にもなるため社会維持の観点から見ても好ましい。

 また日本の支配層のエタチョンに近いホワイトカラーがリストラされ、エタチョンの庇護下から離脱することはスタグフレーション大恐慌の克服の正攻法である法人税世界一律50%や工場の深夜操業の世界一律禁止、年齢階層性の世界一律導入などがより広範な支持を得られるようにさせることにつながることが予想されるため、基本的には今回のスタグフレーション大恐慌においてホワイトカラーに対する救済策は一切不要だと思われる。 

            完

2025年9月19日金曜日

年金制度の廃止についての詳細説明

 

年金制度の廃止についての詳細説明

 私の具体的政治主張という章でも述べたが、私の政治主張には年金制度の廃止をして、その浮いた金で生活保護費を大体今の10倍くらいの規模に増やすというもの(今の年金の総支給額は56兆円で生活保護費は4兆円だが、それを年金は0円にして、生活保護費を40兆円程度にするというもの。)がある。それについての詳細説明をしておこうと思う。

 基本的に第三次世界大戦の勝者であるBRICSが敗戦国である日本に対して年金制度の廃止と生活保護制度の拡充を命じるわけだから、敗戦国民である日本人にそれに逆らう権利はないと思う。また日本国民であっても氷河期世代以降の世代にとってはどうせいつかは年金制度が破綻することは分かっていたのだから、それが多少早まって傷口が浅くなることは感謝することはあっても、誰も反対する人はいないであろう。

 この年金制度廃止ということについて強い拒否反応を示す人がいるとすれば、バブル世代以上の厚生年金受給資格者、つまり第三次世界大戦の敗北が決まるまで発展途上国や日本の氷河期世代以下の非正規社員たちを冷笑し、搾取していた人々である。基本的に彼らは日本の支配層であるエタ侍の子孫や在日朝鮮人と共謀して第三次世界大戦において先進国の持てる者、搾取する側の代表として戦い、負けたわけであるからその敗戦責任として支配者層とちがい全財産没収にならず年金受給権だけを奪われることだけで済んで本来ならば感謝すべきところなのであるが、基本的に若いことから甘やかされて育ったゆえに、とことん自己中心的で、かつ自分の立場という者をわきまえられない人々だからこのままいけばやはり99%以上の確率で恥も外聞もなく被害者意識に凝り固まり、泣きわめき、不平不満をわめきちらし、日本の国際的評判を地に落とすことが予想される。順境において他人に対して厳しく自己責任を追及して冷酷であった人ほど逆境において自分に対してとことん甘く他責的になるのは世の常だからである。

 彼らにそのような行動、言動を取らせず、黙って彼らの厚生年金受給権の消滅を受け入れさせるためにも今ここでもう一度彼らが厚生年金受給権を剥奪されても当然の理由というものを列挙しておきたいと思う。

 まず第一に上述しているとおり彼らは第三次世界大戦の敗者であるという理由がある。また超限戦である第三次世界大戦に負けたわけだからもうこれ以上発展途上国や先進国の非正規労働者を搾取することはできなくなるので、搾取の果実である年金制度が維持できず廃止されるのは当然なのであるという理由でもある。

 第二にそもそも論として失われた30年という長期不況が日本で始まる1990年代に、彼らは氷河期世代に対してワークシェアリングを断固拒否した時に理由は、子育てには金がかかるので将来の世代を育てるためにもワークシェアリングを導入することはできない。氷河期世代以降の人々に対しては人材派遣制度を導入して徹底的にリストラ、人件費削減を行いその金でとりあえず今の自分たちの世代が行っている子育て費用を維持するしかないという主張であった。30年経った今の極端な世代間格差、世代間分断の結果を見ると彼らの主張が間違っていて、あそこでワークシェアリングをしてみんなでデフレ不況の痛みを分かちあうべきだったのは明白である。そうしておけばここまで日本社会は荒廃しなかったのだから、政治的決断は結果責任を問われるという原則により、バブル世代以上の人々が厚生年金受給権を剥奪されることはそういう意味でも当然なのである。

 また100歩譲って彼らが自分たちの子育て費用を十分に確保するためにワークシェアリングを拒否したことが本当に将来の世代のためを思っての行動だったかという動機について検証してみる。きれい事しか言わない相手とは話し合うよりも、距離をあけて相手の行動から判断するとその人物がどういう人間かがよりよくわかるという西洋の格言があるが、その面から言っても彼らの動機が自らの私利私欲ではなく利他的なものであったとは到底思えない。なぜならこの30年間、彼らの行動は終始一貫して、発展途上国の人々や氷河期世代以降の派遣社員などの非正規社員を冷笑していたのは絶対覆られない事実だからである。その点から言っても彼らが将来世代のことを考えて泣く泣くワークシェアリングを拒否したなどと言うのはへそで茶を沸かすような言い分で、嘘をつくにしてももう少しまともな嘘をつけという気持ちが氷河期世代の大部分の人の感想であろう。だいたいもしその言い分が本当にそうだとするならもう子育ては終了したのだから、今までのつけを厚生年金受給権の消滅という形で払うことは何の異議もないはずである。

第三にバブル世代以上の厚生年金受給者は支配層のエタや在日朝鮮人と結託して、氷河期世代以下の人々を正社員と非正規社員間、ホワイトカラーとブルーカラー間に意識的に分断統治し、同世代間で憎しみ合わせるように仕向けたという罪がある。その結果日本社会は地獄のような弱肉強食社会になっているのだが、その罪を償うためにも厚生年金受給権を剥奪されることは当然なのである。

第四に失われた30年の間、彼らは東南アジアや南アジアから技能実習生という形で日本国内に外国人労働者を流入させ、極めて低賃金の奴隷労働に従事させてもいた。そのためその外国人労働者たちが帰国した後、極めて強い反日感情を東南アジア諸国や南アジア諸国に広めたため日本はアジアの中でかなり嫌われている立場に立っている。つまり日本の安全保障をかなり傷つけたという面から考えても、その懲罰として彼らの厚生年金受給権が剥奪されるのは当然なのである。

 またBRICS側の都合を考えても、第三次世界大戦の準戦勝者である日本の搾取されてきた階級、氷河期世代の都合から考えても今後年金制度を廃止して、支給される生活保護の受給優先権は第一順位が70歳以上で60歳時から5年以上ブルーカラー労働をしていた人になり、第二順位が障害者、シングルマザー、シングルファーザー、ホームレス、70歳以上の厚生年金受給者以外の者となり、第三順位が氷河期世代の生活に困窮した人々となり、第四順位が65歳以上のその他の老人になるものと予想される。なぜならそうすれば、65歳以上の厚生年金受給者の人々が自分の将来に不安を感じることにより、反中世論を煽ったり、防衛費増額、生活保護費の総額の削減を叫ぶことが彼らにとって自傷行為になるため、ブリックス側にとっても都合がよいからである。(そうすることのよって反中世論が沈静化し、かつ日本が積極的に軍縮をするようになるということ。)また日本国内事情から考えてみても生活保護の受給優先権の第一順位を70歳以上で60歳時から5年以上ブルーカラー労働をしていた人にすることは人手不足の解消に役立つから日本国民全体から反対意見は出にくくなる。また氷河期世代の困窮した人々をバブル世代以上の老人よりも生活保護受給権において優遇することは、汗水たらして真面目に働いてきたものが最終的には要領よく、楽して生きて弱者を冷笑してきた人よりも優遇するということであり、国内的に見ても日本のぼろぼろになっている風紀を正すために効果的だと思われ、かつブリックス側から見ても二度と先進国のホワイトカラー層に世界大戦を起こそうという気持ちを起こさせないために、また今回の戦争に対する先進国のホワイトカラー層への懲罰として最適なものであると思われる。またそうすることのよって生活保護費の総額を少しでも多くし、バブル世代以上の生活に困窮した少しでも多くの厚生年金受給権者が生活保護を貰えるようにするためにバブル世代以上の厚生年金受給者が積極的に自らの共犯者であった日本の支配層であるエタや在日朝鮮人、コロナワクチンを打たせて多数の死者や一生残る障害を国民に負わせた医者や厚生省の役人、マスコミ関係者や抗がん剤や向精神薬、集団ストーカー等で多数の人たちを殺してきた医者や厚生省の役人、警察官の全財産没収を率先して求めることにより、エタや在日朝鮮人勢力等の日本の支配者層の駆除、無力化を図れることになるのでブルックス側から見ても好都合となる。

 最後にこの文章を読んでこれはヘイトスピーチであり、ポリティカルコレクトに反するという批判を繰り広げようとするエタや在日朝鮮人に餌付けされた言論人たちに対してあらかじめ反論をシュミレーションしておきたいと思う。

 彼らはいつものポストモダン的正義論を持ち出しながら、正義によって人を裁いてはいけない。罪を憎んで人を憎まずというのがヒューマニズムというものなのであると私を批判するであろう。それに対して私がバブル世代以上の厚生年金受給権を消滅させないと確実に氷河期世代の多くの人々は野垂れ死にすることになる。つまりバブル世代以上のホワイトカラーを憎み罰するということと氷河期世代の下層階級を救うと言うことは表裏一体であるのでこの憎悪は正しく、やむを得ないものなのだと反論する。それに対しての彼らの反論はきれい事しか言わない言論人たちはなかなかいわないであろうが、どうにかこうにか追い詰めて言わせるとこうなると思われる。「氷河期世代が野垂れ死ぬのは自由競争に負けたため、自然の摂理としてしょうがないことなのである。それを避けるために我らのバブル世代以上の日本の支配者層に刃向かおうなどと思うことは弱肉強食という自然の摂理に反するから決してあってはならないことなのである」と。それに対する私の反論はもちろん、それならばBRICSに第三次世界大戦で負けたエタや在日朝鮮人、バブル世代以上の厚生年金受給権者こそ自然の摂理として野垂れ死ぬのは致し方ないことではないでしょうか、ということになる。そうするとその言論人たちは今までの穏やかなインテリ的な物腰をかなぐり捨てて叫ぶだろう。「うるせー。エタ様やチョン様に逆らおうっていうのか! エタ様やチョン様は怖―ぞー! 大体エタ様やチョン様のバックには在日米軍がいるのだ。アングロサクソン様はもっと怖―ぞー!」

 偽善者の醜く、卑賤な本性を丸出しにした言動はおそらく上記のシュミレーション以上に聴くに堪えないものになりそうだが、とりあえず彼らに気の済むまで罵詈雑言を吐かせてやった後の私としての最後の台詞はこうなるだろう。

「残念ながらあなたたちのご主人様、在日米軍はもうすぐ撤退するそうですよ。エタもチョンもアングロサクソンも第三次世界大戦に負けてもう虫の息だそうです。

 あなたたちは上級国民であるエタや在日朝鮮人に戦わずして負けを認めたとき、身の程をわきまえて、社会の片隅で奴隷らしく卑屈に縮こまって生きていくべきだったんですよ。奴隷の分際で一人前の人間である氷河期世代に、社会的身分や年齢差を利用して戦いを挑んだのがあなたたちの人生における最悪の選択でしたね。戦わずして負けた奴隷の人生なんて客観的価値はないのでどうか今まで通り何も考えず流れに身を任せて野垂れ死んでください。楽して生きるために己のプライドを捨てエタやチョンに媚びを売って生きてきた人生なんて、客観的に見てあまりにも惨めすぎるので、一刻も早くあなたたちを地獄にたたき送ってあげるのが、同じ日本人としての氷河期世代からの最後の思いやりです。我らの美しい憎悪をどうぞお受け取りください。」

 まぁ、こうシュミレーション通りに行くかどうかは分からないが、しょせん戦わずしてエタや在日朝鮮人に屈した奴隷ごときを叩き潰すのに戦術は事前に考えておく必要も大してないと思うのでここら辺でとりあえず私は筆を置こうと思う。

 

 

 

 


2025年7月31日木曜日

いじめに対する正当なる理由のある怨恨殺人、正義感から来た殺人は無罪であるべきであるということについて  

 

いじめに対する正当なる理由のある怨恨殺人、正義感から来た殺人は無罪であるべきであるということについて

 

「被害者意識哲学と加害者意識哲学」という章において、中庸経済システムに属する人においては、中庸と同等に無差別社会正義というものを大切にしなければならないと説いた。具体的にはいじめに対する正当な理由による怨恨殺人やいじめに対する正義感から来た第三者による報復殺人は無罪であるべきであると説いたが、それについての因果律からみた説明をここで少ししておきたいと思う。

 中観を悟ると、つまり般若心経的悟り、色即是空、空即是色という悟りを悟ると悪人の来世というものが見えるようになる。(中観という悟りがどういうものかについての詳細はいつか暇なときに述べる。)例えば今世で善良な弱者が苦しむのを冷笑していた学歴エリートが来世で境界知能に生まれ、みんなから使えないなー、と言われながら一生を送ったりするのが見えるようになると因果律(良いことをすれば良いことが起こり、悪いことをすれば悪いことが起こるという法則)というものは確かに存在するものだということを理解できるようになり、かつ悪人は地獄で何百年責め苦を負っても決してあの世では改心したり、人間的成長はできないので、悪人が救われるにはどうしてももう一度この世に生まれてきて、この世で改心し、この世で人間的成長をして良き魂にならなければならないということも分かる。

この宇宙の法則、因果律の最大の問題点とは、中観という悟りを悟っていないこの世に生きている99%の人たちには因果律というものが本当に存在するとはどうしても信じ切れないので、なかなか改心しにくいことにある。なぜなら来世の自分は今世の自分の犯した罪を記憶していないからである。

そのため1%の中観の悟りを得た人は、一人でも多くの悪人を改心させ、救うためにも悪因悪果の法則をなるべくこの世界内で完結して見えるような社会を作るように努めることが求められる。そのためにセクハラやパワハラなどのいじめに対するような正当な理由による怨恨殺人は無罪とするという法律を制定すべきであると主張すべきなのである。なぜ正当な理由による怨恨殺人を無罪とするという法律を作ることが悪因悪果といういう因果律を見える化させるかというと、そうすることによって小悪党どもが部下に対してパワハラやセクハラをしたり、集団で特定の個人をいじめたときに、今よりもずっと高い確率で反撃される可能性が高くなるからである。つまり本来ならば死後にしか見えなかった因果律をこの世で生きているうちに凡人でもある程度はみえるようにさせるわけである。

またこの法律を作ることにより小悪党どもが損得勘定的判断力からもパワハラやセクハラ等の弱い者いじめを躊躇するようになり、間接的に今よりもお互いを尊重し合えるような社会を作りやすくする。つまり正当な理由による怨恨殺人を無罪とするという法律を作ることはこの社会を弱肉強食の暗く冷たい原始林のような社会から誰もが共存共栄しやすい明るく温かい里山のような社会に作り替える作用もあるのである。

要するに悪党へのミクロの(個人的)不寛容が合成の誤謬によりマクロ的に見て(社会的には)みんなが尊重しあえるような寛容な社会を作るというわけである。(今まで人を直接的に殺すことは悪であるが、パワハラやセクハラなどにより間接的に相手を自殺に追い込むことは罪に問わないという罪を憎んで人を憎まずというようなキリスト教徒的ミクロの偽善的寛容さが合成の誤謬により、マクロの暗く冷たい敵意に満ちた社会を作ってきたという認識を持つということでもある。)

またパワハラやセクハラやいじめを周囲で見ていた第三者たちにも、その弱い者いじめをしていた人を殺す権利を与えることにより、今よりも友情や男気を大切にする社会を作ることになるし、友情や男気を正義に昇華させやすい社会を作ることもできるという副次効果も生む。

つまり正当な理由のある怨恨殺人を無罪とするということは、善人が誰しも持つ悪への憎悪という感情を肯定し、悪人が誰しも持つ他人への敵意という卑賤な感情を打倒することを肯定する社会を作るということなのである。そのことによって悪しき魂を持って生まれた人も、他人に対する恐怖心から、自らの自己愛を根源とする他人への敵意という感情を抑制しやすくなり、この世で改心しやすくなるというわけである。

良いことをしたら良いことが起こるという因果律を見える化させたのが兼愛交利、winwinという経済学的論理であるならば、悪いことをしたら悪いことが起きるという因果律を見える化させるのがこの正当な理由による怨恨殺人は無罪とするという法律なのである。

また結局のあらゆる法律が存在するそもそもの意義とは因果律を可視化させ、人々に納得感を持って生きてもらうことによって社会秩序を整えるためであることから言っても正当な理由のある怨恨殺人は無罪にするという法律を制定することは望ましいだけでなく原理的に正しくもあるのである。

また真の社会的(マクロな)自由を愛する人ならば、必ずこの法律が制定されることに賛成してくれることを私は確信している。なぜならば言論の自由や信教の自由などはお互いに尊重し合う社会になればなるほど、より保障されるからである。つまり正当な理由による怨恨殺人を無罪とする法律を作ることにより、悪人が相手から反撃されることを恐れてパワハラやセクハラを思いとどまり、消極的不作為によって相手を尊重するようになれば、言論の自由や信教の自由などの精神的自由は今よりずっとより保障されるからである。

 

2024年10月19日土曜日

合理性と兼愛交利

 

合理性と兼愛交利

副題 神一厘の仕組み

 現代人の愛する悪徳に合理性というものがある。合理性を愛する人は合理的な社会を望む。合理的な社会とは便利な社会、無駄のない社会(つまりゆとりのない社会)である。

 合理的な社会とはつまり金持ちが自分の持っているマネーを最大限有効活用できる社会といってもいいかもしれない。

合理的な社会は99%の大して金持ちでない人々にとってはゆとりのない不幸な社会だが、被害者意識に凝り固まった多くの大衆、つまり被害者意識と表裏一体の他人への敵意を強く持つ多くの大衆にとって便利だし、隣人に最低限の報酬しか与えないという損をさせるので(合理的社会は人件費を抑制させるから)納得感のある社会である。

合理的な社会、無駄のない社会とはみんなが基本的に自分さえよければ他人はどうなったっていいと思っている社会だから、基本的に他人への敵意という感情の上に立つ暗く冷たい社会である。またみんなが被害者意識に凝り固まった選民意識をもって自分は特別扱いされて当然だという傲慢な社会だともいえる。ちなみにみんなが加害者意識を凝り固まった選民意識をもつとみんながこの弱肉強食の世界を見て、自分の中の生きんとする意志と大慈悲という二つの本源感情の間で苦悩する社会となる。

合理的な社会を愛する人は必ず公正さというものを愛する人だから、公正社会仮説(みんなが損得勘定で生きていけば神の見えざる手が働いてすべてまるく治まるという仮説)を信じているので、他人の不幸はあくまで見て見ぬふりをしながらこの地獄のような現代社会を肯定している。

公正さを愛する人は効率的、合理的な実力主義社会を肯定し、弱者が不幸になるのは当然だとし、勝者が利益を総どりする格差の大きな社会を作ろうとする。公正で思いやりがある人というものはいないのである。

また合理的な社会は勝者が利益を総取りして庶民の取り分、共同体の取り分が少ない社会だから、ほとんどの人が一歩も譲れなくなって、基本的に自分のためと思ってやったことが他人のためになり、他人のためと思ってやったことが自分のためになるようなウィンウィンの解決策を見つけ出せない社会であり、基本的に全体の利への配慮のない社会となる。

合理的な社会の反対の中庸な社会、共同体感覚に基づく社会は庶民と共同体の取り分がそれなりにあり、みんなが一歩ずつ譲り合って、全体の利を最大化させてみんなでウィンウィンの社会を作ろうとする社会であり、格差の小さい社会を目指す。

このように合理性というものは基本的に悪徳といえる。だが、ゲーム理論ではこの合理的思考を駆使してもお互いに相手の善意を信じあうと条件が満たせれば、合理的思考は悪なのにもかかわらず両者にとって最良の結果を得られることが理論的に証明されている。

ゲーム理論の論理をビジネスの場に持ち込むと、お互いに長期間にわたって何回も取引をするという前提があれば相手の善意を信じなくても、共同体感覚に基づく兼愛交利の取引と同様にお互いにウィンウィンの取引ができる。なぜならどちらかが一回でも裏切ってしまうともう取引がそこで終了してしまい、長い目で見れば損になることはお互いに理性的合理的に考えて明らかであるからである。

そして取引を両者が何回も続けてお互いに得することのより、両者の心の中にお互いを信じる心を生じさせ、両者の合理性への愛という悪の心を共同体感覚、兼愛交利という善の心に変えることが自然にできる。そしてこのお互いにビジネスの利を分かち合う喜びは私が81日にアップした加害者意識哲学で述べた純粋善、与える喜びとほとんど同じものなのである。これが日月神示のいう神一厘の仕組みというものなのである。

自らの合理性への愛という悪の心を共同体感覚、お互いに分かち合う喜びという善の心に変えつづけ生きるということが、インド哲学的に言ってこの世という修業の場で在家の人が魂を向上させる具体的方法であるとも言えるし、この世をみんなが共同体感覚を持ち、おたがいに助け合い、尊敬しあい、愛しあう天国のような世界に変えようと志すことが中国哲学的に言ってこの世に人間として生まれてきた意味なのだともいえる。

 

そういうわけなので今、世界ではDS(大金持ちの権力者)と99%の庶民との間で第三次世界大戦が勃発しそうになって人類滅亡の瀬戸際に立たされているが、もしDSが改心して上記のようなゲーム理論に基づくビジネスをして、自らの悪の心を善の心に変えて、真人間になるつもりがあるならば、第三次世界大戦を起こさないという条件で私の意見としてはDSの財産没収はしなくてもいいと思っている。

           

20241019日 橘謙信

 

 

 

 

 

 

 

2024年9月23日月曜日

自尊心がボロボロになってしまった時の対処法

 

自尊心がボロボロになってしまった時の対処法

統合失調症を発症してしまうと、自尊心がどうしてもいったんボロボロになる。自尊心がボロボロになるということは、被害者意識に凝り固まりセルフネグレクトを肯定するような不幸で卑賤な、他人への思いやりのない小悪党に自分がなってしまうということである。その人生最大の逆境時において、どうすればよいかというと落ち着いて真面目に考えて自らの美意識による判断に従ってもう一度加害者意識をあらためて持ち直すことである。加害者意識を持てれば、魂の高貴さを取り戻せ、人生を修業の場だと思えるようになる。人生を修業の場と思えれば、心のゆとりが持て、セルフネグレクトをやめ再びに人間として向上しよう思えるようになる。向上心を持てるようになるから自分自身を尊敬できるようになり、自尊心を徐々に回復させることができるようになる。

 つまり加害者意識をきちんと持てれば逆境であればあるほど必ず人生を修業の場と思え、向上心を持てることにより自尊心を回復させることができるということである。

 逆を言えば、統合失調症初期の回復期(統合失調症発症から3年以内)において、一番やってはいけないことは自分を許すということである。自分を許すということは、今のセルフネグレクトしている自分を自己正当化して、自分を無力な存在だと認め、他人の不幸を見て見ぬふりをしながら被害者意識に凝り固まっている自分をあわれだとしみじみと思うことである。

 統合失調症回復期後期において、自分の弱さを認め、その自分の弱さを他人へのやさしさに変えること、柔弱になることが認知機能障害を克服するポイントだと以前書いたことがあるが、自分の心身の弱さを認めることと自分を許すということは似て非なることだということは覚えておきたいポイントである。


 統合失調症マニュアル2で書くはずだった、サビの部分を一応書いたのでアップしておきます。

2024年9月23日 橘謙信