これは10か月ほど前、私から習近平様に出した請願書のコピーです。
これを読むとスタグフレーションとスタグフレーションについての対応策がよく分かると思うので、興味のある方はお読みください。
.2023年4月4日
中華人民共和国 国家主席 習近平殿
請願者 橘謙信
工場の深夜操業の世界一律禁止等に関する請願書
一 請願要旨 これから起こる世界的スタグフレーションスパイラルを緩和するために、工場の深夜操業等の世界一律禁止を中華人民共和国国家主席習近平殿が世界に対して提言することを請願します。(なお世界に対して提言する時期は習近平国家主席が最も適切だと判断する時期でかまいません。)
二 請願事項
1 工場の深夜操業の世界一律禁止を世界に対して提言すること
2 派遣社員制度の世界一律禁止を世界に対して提言すること
3 女性が出産後一日6時間労働を選択しても正社員として残れることを世界標準とすることを世界的に提言すること
4 年齢階層制を世界一律で導入することを世界に対して提言すること(年齢階層制というものがどういうものなのかということについては請願要旨詳細説明で説明します)
三 請願要旨詳細説明
まずに現在の世界の経済状況を実物経済面、金融経済面(マネー経済面)、両方からに説明します。
第二次世界大戦が1945年に終わり欧州もアジアも焼け野原になったので、1945年から1980年くらいまでは実物経済面では供給不足需要過剰の状態が続きましたが、遅くとも1985年ごろには世界の実物経済面での供給不足は解消され供給過剰需要不足の状態になり、それが現在2023年まで続いています。実物経済面での供給過剰需要不足の状態を放っておくと不景気になるのでアメリカをはじめ先進国はマネー経済面において1980年ごろから本格的に実物経済の需要不足を解消するため金融緩和を始めました。その結果、1980年ごろには世界の総GDPと世界の金融資産の総額は大体同じ額、一対一の関係だったのですが、2023年現在では世界の金融資産の総額は世界の総GDPの5倍以上おそらくあるといわれています。
つまり実物の供給過剰だけでなくそれ以上に通貨の供給過剰も2023年現在起こっているということです。
このことが何を意味するかと言いますと世界の人々が自分の今持っているドル札や株券などはもしかしたら明日ただの紙くずになってしまうのではないかと思って、持っているドル札や株券を一斉に不動産などの何らかの実物資産に変えようとすると実物資産の価値が5倍にまで値上がりするか、インフレによりドルの価値が5分の1になることを意味します。
つまり今後世界の実物資産の状況と金融資産の状況を成り行きに任せて放置しておけば必ず世界的なスタグフレーションスパイラルになります。スタグフレーションとはインフレ高金利と不況の状態が同時に起こることで、スパイラルとはそのインフレ高金利状態が初めはゆっくりと現れ始め、徐々に加速度的に悪化していくことをいいます。
おそらく成り行きに任せれば先進国ではインフレと通貨安のセットによりスタグフレーションは重度のものになり、中国をはじめとする発展途上国では通貨高になるのでスタグフレーションから起こるインフレは軽度のものとなると思われますが、アメリカをはじめとする白人先進国は近代から始まった自分たちがしたすべての悪行の報復を発展途上国から受けることがないようになんとしてでも政治力軍事力を使い自然の経済法則を捻じ曲げようとしてくるのではないかと思われます。
どのように白人先進国がスタグフレーションを回避しようと思っているのかというと、まず実物経済の供給過剰状態はアジアを舞台に戦争を起こし世界の工場である中国や東南アジアの工場地帯を焼け野原にして解消しようとします。マネーの供給過剰は金本位制を世界に強制的に押し付けることによって解消しようとします。金本位制にすることがなぜマネーの供給過剰を解消することになるということについては、私のブログの「ハイエクの貨幣論集について」を読んでください。中核信念 橘謙信公式ブログ : ハイエクの貨幣論集について
(kensintachibana.blogspot.com)
しかし現実問題として第三次世界大戦がもし起こってしまったら、もし中国やロシアが勝つにしても地球は人類にとってかなり高い確率で住めない環境になってしまうので、とりあえず第三次世界大戦が起こるまで白人先進国を重度のスタグフレーションスパイラルに突き落として高みの見物をするということは残念ながらできません。そういうわけで徳を以て怨みを報ずというわけではありませんが、白人先進国が重度のスタグフレーションスパイラルに陥らないように中国の方からスタグフレーション緩和策を示し、救いの手を指し伸ばす必要がどうしてもあります。
どのようにすればスタグフレーションを緩和できるのかと言いますと、経済学的に今回のスタグフレーションの本質は実物資産の供給過剰と世界の実物資産の評価総額に対して世界の金融資産の総額が5倍以上にあることであるからその状況を一部人為的に解消すればできます。
つまり実物資産の供給過剰については基本的に談合と切磋琢磨により克服することができます。
くわしくは私のブログのデフレ克服法を読んでください。中核信念 橘謙信公式ブログ : デフレ克服法 1 (kensintachibana.blogspot.com)」
通貨の供給過剰については成り行きに任せて世界の金融資産の総額を長期間のインフレ及び先進国の通貨安と発展途上国の通貨高によって減価させるだけではなく、世界の実物資産の評価総額を各国の協調により高めることができればスタグフレーションは緩和されます。
英明な中国の妥協的判断により今起こっている製造業の世界的地産地消は世界における工場などの実物収益資産の量を増やすことにより実物資産の評価総額を少しでも増やしてスタグフレーションを緩和させようということなのですが、今現在、実物資産は供給過剰なのですからこの方法で世界の実物資産を増加させることには基本的に限界があります。(ただし地産地消を推進することは大局的に考えれば世界の南北格差を縮小させ、新たな需要を増やすことにつながるので大変いいことではあります)
そういうわけで実物収益資産の量の拡大はあまりできないので、実物収益資産の質の向上をすることにより、実物資産の価格を上げることが必要になります。
実物収益資産の質の価格を上げるとはどういうことかといいますと、たとえば賃貸マンションを一棟持っているお金持ちがいるとします。このお金持ちがもう一棟賃貸マンションを買うことは実物収益資産の量を増やすことです。また会社にある余剰資金で社宅を作り、そこに労働者を住まわせることも実物収益資産の量を増やすことです。
実物収益資産の質を向上させるということは、この賃貸マンションはもちろん不動産管理会社に管理してもらっているのですが、それだけでなくオーナー本人がこの賃貸マンションに行って掃除の行き届いていないところとかを自分で掃除し、花壇に普通の賃貸マンションの花壇には植えられていないようなちょっと珍しいきれいな花を自分で植えたり、駐輪場に放置自転車があったら不動産管理会社に撤去してもらうように電話をかけたりすることをいいます。
つまりどういうことかというと他の賃貸マンションよりもより丁寧な管理をすることにより入居者に喜んでもらい長期入居してもらい、かつ空室率を下げることにより、結果、より収益を上げるとことを実物収益資産の質の向上といいます。
金融収益資産、たとえば株券や債券は銀行の貸金庫で絹の布にくるんで保管していても、自分の家の引き出しに突っこんでおいてもその価値は変わりませんが実物収益資産は丁寧に管理すればするほど価値が上がるというのが金融収益資産と実物収益資産の決定的な違いなのです。
また例えば馬鹿みたいにけち臭く経費削減して少しでも金融資産を増やそうとしないで、工場で掃除の時に使う古くなって薄っぺらくなったモップの替え糸を交換したり、従業員に長時間立ち仕事をしても疲れにくいちょっと高級な安全靴を支給したりすることも実物収益資産の質の向上になります。
しかしもっとも質の向上を上げやすい実物収益資産といったらもちろん従業員(労働者)、人そのものになります。
例えば同じ商品を同じ人数で作っている同じ生産設備を持っている二つの別の工場があったとします。一方の工場はみんながやる気と責任感を持って働き、従業員同士お互いの知っていることは教えあい、お互いのミスはカバーしあい明るく和気あいあいとQC活動する職場で、もう一方の工場は高圧的な上司がいてみんな自分の持分の決められた範囲だけの仕事をし、同僚がミスをしても助けず、自分の保身といかにコスパよく給料を稼げるかだけを考えている暗く冷たい職場だったとします。このような工場がお互いに競争しあったら遅かれ早かれ明るく健やかな職場を持つ工場が勝ち、暗く冷たい職場を持つ工場は倒産して、その従業員たちはみんな失業するという推測に異議はないでしょうし、社会全体から見てもそうであることは好ましいことでしょう。
こういう労働者の質の向上競争が起こることが今度のスタグフレーション世界での自然な流れとなります。そういう労働者の質の向上競争をより推し進め、かつそれにより実物収益資産の総評価額を高めることを推進する、その必要条件として請願事項で述べたように労働者の労働環境を整えることこそが、スタグフレーションを緩和させる方策ということになります。
ここでまずこれから起こるスタグフレーションについて一般的注意ポイントを説明しておくと、具体的に工場の深夜操業の禁止等の労働環境の改善がなぜスタグフレーションの緩和になるのかがより分かりやすくなると思うので、少し話が脱線しますが説明します。
まず実物経済の供給過剰を解消させるための談合は、現在ある実物収益資産の稼働率をアップさせ、実物収益資産を有効活用させることにより、実物収益資産の評価額を向上させることを認識する必要があります。
また供給過剰下において需要を拡大させる王道は誰もが欲しくなる魅力ある商品を作ることであるということを認識し、魅力ある商品は成功達成欲求のあるボトムアップの明るく温かい組織が作るものであり、失敗回避欲求に支配されたトップダウンの暗く冷たい組織では決して作れないことを認識しておくことも必要になります。
次に実物収益資産の質を向上させるアイデア、つまり実物収益資産の改善提案や転用による有効活用などは、基本的に現場を知っている労働者しか思いつかないものだと認め、現場を知っている労働者を大切にすることがあげられます。(アメリカが第二次大戦後、基軸通貨で金融緩和し放題にもかかわらず、アジアに製造業の覇権争いで負けた原因は、結局アメリカの優秀なエンジニアが汗まみれ、油まみれになって働くことを極端に嫌い、現場を軽視したこと、つまり実物収益資産の質の向上を軽視したことであることをきちんと認識し、それを他山の石として中国も現場に優秀な労働者を投入できなくなれば中国の製造業も衰退するということを認識することでもあります)
また今までのデフレ金融緩和時はマネーが実物収益資産を作っていましたが(つまり1929年のアメリカの大恐慌ではバーゲンハンティングで金持ちになった人がいたが)、これからのスタグフレーション金融引き締め恐慌時は実物収益資産がマネーを作るようになる(順序が逆になる)、つまり同じ金額、評価額なら実物収益資産の方がマネーよりも価値があることをきちんと理解しておく必要があります。またすべての金融資産はスタグフレーション下では年々インフレによって減価します。
そのためマネーを獲得するためには生活に必要な額だけ働き、残りはなるべく実物収益資産の量の拡大、および質の向上のために働くことが賢明な経営戦略となります。(マネーはもちろん生きるために必要で、大切ですが、必要以上にマネーを貯めることに執着してはいけないということです)
また今現在はまだ働くということが、できるだけたくさんマネーを稼ぐことだと考える人と実物収益資産の評価額を最大化させようとする人の割合が拮抗していますが、スタグフレーションが本格化していけば働くということが少なくとも今後4・50年続くスタグフレーション下では実物収益資産の評価額を最大化させる競争であることに誰もが遅かれ早かれ気づくこととなります。
また実物収益資産は基本的に自分で工場を建てたりして作るもので、基本的には買えないものだという一般原則についての認識を持つこともどうしても必要になります。(金融資産、株式や債券はお金さえ出せば喜んで適正価格で売ってくれるけれども実物収益資産はスタグフレーション下では利回りから適正と思われる価格では滅多に売ってくれないということです。1929年のデフレ大恐慌時のアメリカでは本当に価値のある高級ホテルが格安で売りに出され、それをバーゲンハンティングする(買う)ことによってヒルトンホテルは躍進しましたが、今回のスタグフレーション大恐慌ではすでに各業界内で談合しているので本当に価値のある実物収益資産は多分一般市民に格安で売りに出されることはないので面倒くさがらずに一から、工場でも、高級ホテルでも必要な実物収益資産はを作るべきであるという認識を持っていることが必要ということでもあります)
また金融資産は簡単に他国に移動できますが、実物収益資産は工場や水道管、送電網に接続されていて基本的には他国に移動できにくいものだという認識も必要となります。(実物収益資産としての労働者は他国に移動できるだろうと思うかもしれませんが、言語や風習の違いにより労働者も他国に行ったらいいコミュニケーション、情報交換ができずその労働者としての最大限の力を発揮することはできません。)
また実物収益資産を最大化させるためにはゴールドの呪いから解放されている必要があります。ゴールドの呪いとはどういうことかといいますとゴールドを手に持ったり、目の前に見たりするとこの上なく自らの小我が充実感を感じ、他人を不幸に陥れてもゴールドをより多く所有したいと思い、自らの利己主義を煽り立てます。また他人を不幸にしてでもゴールドを手に入れたいという非理性的なゴールドへの執着は国家や国民に利他主義、隣人愛、共同体感覚を忘れさせ国民の心を荒廃させ、そのことにより国家に悪を愛好させることになり他国から恨まれます。これをゴールドの呪いと言います。
ゴールドの呪いから解放されるということはどういうことかと具体的に言いますと、金本位制を拒否し、通貨国家主義、不換紙幣制度をあくまで採用することによってゴールドの呪いの50%が解けます。残りの50%はゴールドが実物資産でなくてしょせん金融資産、準マネーだと心から思えるようになったら解けます。
また実物経済が供給過剰になっていて金融緩和しているミクロ経済においては、マネーを稼ぐ量を最大化する競争では、他人を利用するだけ利用して、使い捨てにするよう人非人、自分の利を最大化することだけを考える要領よく仕事をする人が勝ちましたが、スタグフレーション下において個人が実物収益資産の評価額を最大化させようとする競争では、丁寧に仕事をして、かつ共同体感覚をもって周りの人や取引先、周りや取引先の実物収益資産の評価額も上げようと(つまり周りも豊かにしようと)思わない人でないと勝てないと認識する必要もあります。どういうことかというと例えば高級な建材で作った新築賃貸マンションがあったとしてもそのマンションの立っている場所の治安が悪く、そのマンションに電気も水道も光ファイバーも取り込めないとしたらそのマンションには何の価値もないということです。
つまり実物収益資産の価値というものは周囲の環境に支えられていて、決して自分だけ豊かになるということはできないということです。(金融資産を最大化させる場合は他人を蹴落とし自分だけ豊かになろうということが可能であり、かつ自分だけ抜け駆けして豊かになろうと思う人の方が豊かになりやすいということでもあります。)
上述していることは大体「二宮尊徳夜話」や「二宮尊徳語録」をよく読むとより詳細についてのヒントが得られると思います。
二宮尊徳の思想を要約すると実物収益資産の総評価額を最大化させるためには、知足の心を持ち、自分の利を最大化させることなく共同体のために自分の取り分のいくばくかを残しておくことにより、その共同体を豊かにし間接的に自分の実物収益資産を最大化することが肝要ということ。(このことを二宮尊徳は推譲といっています。)および短期的に物事を考え、要領よく効率的に、他人を使い捨てにして仕事しようとしないで、長期的視点をもって丁寧に真心をもって自分の実物収益資産を管理し、従業員を大切にすることが肝要ということ(このことを二宮尊徳は至誠といっています)、以上の2点の心構えが大切だということをだいたい述べています。
二宮尊徳の話は日本が金本位制で農本主義国家だったころの話なので、今度のスタグフレーションにおいて少し改良する必要はあるかと思いますが、わりといい感じのする話なのでお薦めです。また二宮尊徳は国家が実物収益資産を最大化しようとするとき行政がどのように振舞うべきかということについても書いてあるのでその点でもお薦めです。
以上が今後のスタグフレーションにおける一般的注意点です。
さて、話を元に戻します。
まずなぜ労働者の賃金を上げることにマネーを使うのではなく労働者の労働環境の改善にマネーを使うべきかというと、大きな理由は4つあります。
一点目は発展途上国の労働者の賃金を上げても、どうあがいても2・30年すればその発展途上国の労働者に渡ったマネーは同じ発展途上国の資本家もしくは先進国の資本家に吸い上げられてしまうことがあげられます。その点マネーを工場の深夜操業禁止等の労働環境の改善に使えば一度向上した労働環境をまた低下させることは世界の資本家が結託してもなかなかできにくいということです。つまり労働環境の改善という富は奪われにくい富だということです。
二点目は現実問題として発展途上国の労働者の賃金を上げて、今の先進国並みに発展途上国の労働者が贅沢をすると地球環境が取り返しのつかないほど破壊されて人類の存続が危ぶまれるからです。
三点目として、どうして発展途上国の労働者の賃金を上げるより労働環境の改善するほうがいいのかといいますと、今全世界の労働者が切に求めているのは物質的に豊かで贅沢な生活ではなく、親の介護をしたり子供と一緒に遊んだりする時間と真面目に働いていれば解雇されにくく人生設計を立てやすい安定した雇用と健康的生活だからです。
二点目、三点目の理由の帰結として、21世紀は優秀な労働者は他の人よりも給料(マネー)は多少は多くもらえるかもしれませんが、基本的にはその労働者の会社への貢献に対する報酬は長期休暇などの時間でもらうようにする社会を作ることでしか人類が存続する道はないと予想されます。またコオロギを食べる必要はないと思いますが、牛肉や高級車などには高額の消費税(世界一律100%くらい)がかかるようにすることが望ましいと誰もがいづれは思うでしょう。
四点目としては労働者の労働環境を改善すると、特に下層階級の重労働する労働者が健康になり、下層階級の労働者の生涯年収を大幅に引き上げ格差社会の改善につながるからです。どういうことかといいますと、世の中には若いうちはこなせるけれども、一生続けることはなかなか出来にくい重労働というものがあります。例えば介護職とか鉄筋工や二交代制の工場労働などは若い頃5年くらい働くことは誰でもできますが、70%以上の人はいつかは腰を悪くしたり、手首の筋を痛め握力がなくなったり、夜勤をすることで自律神経が乱れて重労働に耐える気力がなくなったりすることで、その仕事を続けることができなくなり、もっと軽作業の給料の極めて安い警備員や清掃業に転職する必要に迫られたり、体調が本当に悪くなって働けなくなったりします。このことにより現代社会のために一番汗水たらして重労働した人が一番生涯年収が低いという問題が生じています。この問題に対する抜本的解決策は後述する年齢階層制についてのところで説明しますが、そういう重労働の労働環境を少しでも良くして下層階級の労働者が長く従事できるようにするためには工場の深夜操業の禁止等の労働環境の改善が必要となります。
次に個々の請願事項についての請願理由の詳細説明をします。
まず工場の深夜操業の世界一律禁止についての請願理由についての説明をします。現在実物経済は供給過剰状態です。その供給過剰を少しでも緩和させるために工場の深夜操業禁止は有効だと思われるのが最大の請願理由です。なぜ世界一律で禁止しなければいけないのかというと例えば日本だけが工場の深夜操業を禁止した場合、日本の工場の稼働率だけが落ち、日本の競争力が落ち、日本が競争に負けることよって日本の労働者の労働環境は結果的により悪くなってしまうからです。デフレ克服法を読めば分かると思いますが、実物経済の供給過剰を解消するには談合が必要です。どういうことについて談合しあうのかというと各業界内での仕事の割り振りだけでなく、工場の深夜操業の世界一律禁止や派遣社員制度の世界一律禁止や女性が出産後1日6時間労働を選択しても会社に正社員として残れるようにして足元を見られにくくすることなどを世界一律で導入することなどについて話し合うということも必要となります。また工場の深夜操業一律禁止がされると、労働者が健康になり(労働者が健康になり気持ちよく人生を送れることは、労働者自身にとっても直接的富です)、その結果国家予算の中で大きな割合を占める医療費が抑制されることも理由となります。また工場の深夜操業を禁止するという労働環境の改善は労働者という実物収益資産の質の向上になりスタグフレーションを緩和させることになります。また国家が連帯して労働環境の改善をすることにより実物収益資産の評価額を上げる必要条件である共同体感覚を世界に熟成させ、そのことがスタグフレーションから早期に抜け出す可能性を高くします。
次に派遣社員制度の世界一律禁止について説明します。派遣社員制度というものはどういうものかといいますと、基本的に派遣社員を4・5年で使い捨てにして会社に1円でも多くのマネーを残すことを目的としています。しかし上述しているようにスタグフレーション時はマネーを貯めることに極端に執着せず、実物収益資産の評価額の最大化を目指すことが会社の企業戦略としても正しいし、マクロ的に考えてもそうすることがスタグフレーションの緩和につながります。つまり派遣社員制度を禁止して、みな正社員にしてより多くの熟練労働者を作ることがスタグフレーションの緩和につながるということです。また社会から派遣社員制度をなくすことにより、正社員の派遣社員への差別意識がなくなり、社会の分断が解消され、労働者がより連帯して資本家と交渉できるようになり、少なくとも今よりかは労働者の人権や福祉に配慮がなされるような社会に資本主義社会もなります。
女性が出産後一日6時間労働を選択しても正社員として会社に残れるようにするということも基本的に派遣社員制度の一律禁止と同じく、より社会に熟練労働者を増やすということによりスタグフレーションを緩和させることが理由となります。また女性労働者の人生での幸福度を上げることにつながります。確かに男女平等という観点からみたら逆差別だといえますが、女性に対する尊重といった観点からみれば是認できると思います。(そもそも男女平等というものがどういうものなのかとか、人権や民主主義というものは共産主義に比べて本当にそんなに立派なものなのかということについては後述します。)
第四に年齢階層制を世界一律に導入することについて説明します。
まず年齢階層制というものがどういうシステムなのかというと、とりあえず第一段階としてホワイトカラーの公務員の新採用職員の25%は肉体労働者としての経験が5年以上ある、30歳以上の人でなければ採用しないようにします。第二段階として上場企業のホワイトカラーの新入社員の25%も同じように肉体労働者としての経験が5年以上ある、30歳以上の人でなければ採用しないようにします。第三段階としてその比率を50%までじりじりと上げていきます。最後に第四段階としてガラスの天井を作り、基本的には肉体労働経験のない人はある一定以上のポストにはつけないようにします。
このブルーカラーとホワイトカラーを学歴によって分けるのではなく、年齢によって分けること、ブルーカラーとホワイトカラーを一人の労働者の人生の中に融合することを年齢階層制といいます。
このことによって何が起きるかというと、国民が利(マネー)を分かち合うだけでなく、重労働の苦しみを分かち合うことによりブルーカラーとホワイトカラーの間に真の連帯、融合が生まれます。
またそのことにより資本家がブルーカラーとホワイトカラーを分断統治しにくくなり、ホワイトカラーとブルーカラーの労働者が資本家に対して団結しやすくなり、労働者(実物収益資産)が資本家(マネー)に対して対等、もしくは恒久的に優位に立ちやすくなります。なぜ今までブルーカラーとホワイトカラーが連帯できなかったかというと、ある面から見るとホワイトカラーが資本家と結託してブルーカラーを搾取していたためといえなくもないからです。このことが解消されることにより先進国のホワイトカラー労働者は真に他の労働者と団結して資本家が労働者を搾取することや先進国が発展途上国を搾取することに対して抗議することに負い目がなくなります。
つまり近代の悪の中核、資本主義を超克するために年齢階層制の導入が極めて効果的だというのが私の見解です。(資本家(マネー)が人を支配するのではなく、年齢階層制の導入により労働者(実物収益資産)がマネーを必ず支配するようになるとまではいいませんが、労働者がマネーの支配から解放されなければ地球環境の破壊は止まらず、結局人類には暗い未来しかないというのが私の見解ということでもあります)
ちょっと話が誇大妄想気味になりましたが、年齢階層制の導入により資本家による労働者の使い捨てがなくこと、つまり実物収益資産を大切にすることはスタグフレーションの緩和には確実につながります。またすでに上述してある通り長期間続けるとかなり高い確率で体を壊してしまうような仕事をみんなで分担することにより誰か特定の人だけにに重荷、痛みを押し付けない社会、人を使い捨てにしない社会を作ることは社会に共同体感覚を育てることにもなりスタグフレーションを克服する必要条件となります。また年齢階層制により学歴エリートが現場を知る機会が増えることにより、より実物収益資産の質の向上が促進されることもスタグフレーションの緩和につながることになると思われます。
最後に外国人の私が中華人民共和国国家主席であられる習近平殿に請願したい理由、どうしても請願せざるをえない理由を説明します。
まず第一の理由として今世界的地産地消の動きが世界の工場、中国の恩情によって進められています。つまり中国はマネーしか持っていない先進国、つまり成り行きで行けば今回のスタグフレーションで地獄を見るはずだった悪党国家どもの国内に製造業を復活させスタグフレーションを緩和させること手を貸し、かつアフリカや南米や南アジアの諸国に工業製品の自給自足化、つまり先進国から搾取され続けることからの解放の希望を与えています。つまり今現在一番世界人類のために中国は100%の善意により進んで損をしています。そんな労働者側、実物収益資産側の超大国、中国が世界一律で労働者の労働条件の改善(実物収益資産の質の向上)、つまり正しい新世界秩序を提言すればすんなりとその提言が通ると思うからです。
また中国は有色人種国家で、かつ最近まで発展途上国であったこともあり、先進国の下層労働者階級や発展途上国の搾取される気持ちや屈辱感をよく理解できるはずだという思いもあります。
また中国が民主主義国家ではなく、共産主義国家だということも理由に挙げられます。私は共産主義というものは労働者の幸せや生活を第一と考える主義だと理解しています。つまり中国のエリートは基本的には自分のために働くのではなく、同胞のため、万国の労働者のために働く理想主義者の集団だと私は考えています。
中国の若者には先進国の民主主義に憧れている人も多いとは聞いていますが、私としては基本的に先進国の民主主義がよく見えるのは発展途上国から搾取して富があり、先進国が豊かだからよく見えるだけだと思っています。
民主主義などというものは愚かで浅はかな思想であることを説明するために、まずはじめにアメリカをはじめとする先進国のエリートはよく基本的人権の尊重が大切だと発展途上国に説教していますが、そのことについてすこし説明したいと思います。
大体、どこの先進国も「基本的人権、つまり自由権や幸福追求権は公共の福祉に反しない限り最大の尊重を必要とする」みたいなことが憲法には書かれています。
一見するとまともなことが書かれているのように思うかもしれませんが、この文章の中の幸福追求権という言葉にこそ先進国の偽善、資本主義という悪の正当化の中核があります。
まず民主主義の中核には基本的人権の尊重という概念があります。その基本的人権の中核には幸福追求権というものがあります。多くの発展途上国の民主化運動家は自由というものに憧れて政治運動をしていると思いますが、言論の自由などのすべての自由権は個々人の幸福追求に必要なための権利として、幸福追求権という権利の基盤の上に乗った権利でしかありません。
誰もに幸福を追求する権利を国家が保障するという言葉は一見心地よく聞こえる言葉です。この言葉の背後には人はこの世に幸せになるために生まれてきたのだという近代的価値観があります。この価値観に真っ向から対立する古からずっと東洋に続いてきた価値観は主に二つあります。一つはこの世は魂を向上させるための修業期間であり、生きていくことが苦しかったり、いろいろ面倒くさかったりするのは当たり前だという宗教的価値観です。もう一つの儒教的価値観ではこの世は自分の心の中の大我によって作られた志、理想、目標を達成させるためにあるという価値観です。
以上に上げた3つの価値観のうちどれがもっとも人を真に幸せにさせるのか説明します。
まず宗教的価値観、この世は修業期間だと確信している人は逆境において苦しんでいる時でも心のゆとりがあり、取り乱してしまうことはありません。なぜなら逆境こそいい修業だと思えるからです。このような人が順境で幸せでいるときは自らの魂を向上させるために自分のできる範囲で他人を幸せにしようとします。そしてその他人に与える喜びがその人を幸福にします。順境においても逆境においても心のゆとりを失わないこと、つまりエレガントに生きることを幸せだと考えるならこの世は修業期間だと考えて生きることが最善だと思われます。
次に儒教的価値観、この世は志を達成する場と考える人は、逆境において臥薪嘗胆して、決して理想を捨てよう、あきらめようとは思いません。順境においては一歩一歩理想の実現のために努力します。そういう人は志を遂げた時、理想を達成した時にしか基本的には強い幸せを感じませんが、人として生まれたからにはこの世において何事かなすべきであるという人生に対する目的意識をもって生きていくことを幸せだとするならこの価値観が最善かと思われます。
最後に民主主義的価値観、人はこの世に幸せになるために生まれてきたのだと考える人は、逆境において心に全く余裕がなくなり絶望し、強い不幸を感じます。また幸福追求権を肯定する価値観は、裏を返せば道徳や義理や人情など面倒くさいことは考えなくてもいい、大我の声など聞こえないふりをして不真面目に自分の幸せだけを考えて利己的、個人主義的に楽に生きることを肯定する思想なのでこのような価値観は社会から共同体感覚を排除し、社会を分断します。つまりマネー(資本家)にとって都合の良い社会を作り、資本主義を補強します。
また誰もに幸福を追求する権利を与えるということは、確かに一面では誰もの自己実現を応援する素晴らしい権利ですが、基本的に9割がたの普通の人は、自己実現をしようとする前にとりあえず結婚して子供を作り、育てるというような人並みの生活が欲しいものです。しかし幸福追求権とは誰もに与えられるもので、もし人並みの幸せ(相対的幸せ)を手に入れたいなら資本主義社会の自由競争に参加して自己責任で手に入れてくださいということを暗に言っている権利なのでもあります。
その点が自由などという贅沢な幸せは制限してでも、格差の小さい社会を作り、なるべく多くの人に人並みの幸せを与えようとする共産主義国との大きな違いです。
まぁ、民主主義が白人先進国に広まった当初は今よりもずっと強烈な搾取を発展途上国に行っていたので、白人先進国内において人並みの幸せを手に入れるのは今よりもずっと簡単だったという事情もあります。が、しかし資本主義の中核は言うまでもなく自由競争至上主義という概念であり、その自由競争至上主義を肯定するため、正当化するために民主主義、基本的人権、幸福追求権というものがあるということは押さえておきたいポイントです。
このような民主的人間が順境において感じる幸せとは悪く言えば自由競争に負けて人並みの幸せも得れずに苦しんでいる人を冷笑する喜び程度の事だし、どんなによくいっても自由競争に負けて人並みの幸せを得れなかった弱者を見て、自分や自分の身近な人があんな風に不幸でなくてよかったとほっとする喜びくらいのものです。
具体的に言えばシングルマザーの風俗嬢が「私は人に喜びを与えるこの職業を誇りに思っているし、それに同年代の普通の女性より高収入だしこの仕事につけてラッキーだと思っている」というような弱者の気位、やせ我慢からくる発言を何の慮りもなく皮相に受け取って他の男性官僚に得意げに報告する高学歴のフェミニスト女性高級官僚民主主義者を想像してみるとよく分かると思います。彼女はにやにや冷笑しながら言うでしょう。「だから彼女たちシングルマザーの風俗嬢には同情する必要なんてないのです。彼女たちは幸せなんです。彼女たちの再チャレンジのためのセーフティネットを作るために、また彼女たちのような境遇の人を一人でも減らすために、女性が出産後一日6時間労働を選択しても正社員として残れるようなそんな福祉政策、労働環境を整えたりする必要はないのです。それよりも私たち不幸な高学歴女性のために公務員や上場企業の有給の育児休暇の期間をもっともっと長くしてください。もちろんこれからも中小企業や非正規社員の女性には育児休暇なんてかけてくれなくて構いません。負け組の福祉にはびた一文かけなくてけっこうですから、あなた方と同じ勝ち組女性の幸せをもっともっと増進することだけを考えてください。」
高学歴のフェミニスト女性高級官僚民主主義者の彼女がそう発言するときに彼女が感じる優越感、冷笑的喜びこそ民主主義的喜びと言っていいでしょう。(ちなみに私は育児休暇はあってもいいですが、無給が望ましいと思っています。無給育児休暇にすることによって浮いたお金で困窮するシングルマザーを生活保護等によって支える方がずっと国民全体を幸せにすると思います。)
つまり民主主義国家において自由競争、学歴競争に勝ち、人並みの幸せを手に入れた人間が味わえる幸福とはそんな冷笑的で、非人間的な幸福でしかありません。
以上の事から、人は誰もがこの世に幸せになるために生まれてきたのだという価値観は、人並みに幸せになりたいと思う人々の間では、お互いを不幸に陥れようとし、そのことによって自分が幸せになろうという思想に必然的に変わり、社会を冷たく暗い地獄のようなものにします。
つまり冷笑的喜び、他人の不幸を心から喜ぶような極悪非道の快楽主義者にとってはこの価値観が最高のものと思われます。
まとめると真の幸せという観点から見ると、民主主義的価値観は論外として、若くて体にエネルギーが満ち溢れている頃は志をもって生きるべきだし、年老いて心身ともに弱くなったら人生は修業だと思って生きることが一番バランスの取れた生き方ではないかと私は思っています。
けれども、共産主義国家にしろ、民主主義国家にしろ、基本的に国民国家はなるべく国民を幸せにする義務があり、そのことにより国家としての正当性を保っています。ではどういった憲法を持った国家が望ましいのかというと、国民の義務としては、自分のためと思ってやったことが他人のためになり、他人のためと思ってやったことが自分のためになる、そんなしあわせをなるべく追求しよう、という規定があり、かつ政府としてはなるべく多くの人たちに人並みの幸せを与えられるように格差の小さい社会を作ることを目指しつつ、幸福追求権を基盤とする言論の自由やプライバシーの権利をある程度認めるような息苦しくない社会を作ることも目指すとぃうバランスのいい国家を作ることを目指すという規定のある憲法のある国家が望ましいと思われます。
私の提唱する修正資本主義は競争を切磋琢磨とつぶしあいに分け、好況下であったらつぶしあいという競争を政治力を使ってすこしだけ優位にし、不況下にあったら切磋琢磨という競争をすこし優位にするということがエッセンスなのですが(競争を切磋琢磨だけとすると、商品の値段が際限なく上がるし、またパワハラやセクハラが横行し人を使い捨てにするような会社が倒産しにくくなり、かつ新規参入業者が参入しにくく、社会が暗くなるし、競争をつぶしあいだけにすると経済がデフレスパイラルになり、それもまた問題であるということです)、それと同じように国民国家も経済格差が大きいときは人並みの幸せをなるべく多くの人に与えることを優先し、格差が小さいときは人並みの幸せを手に入れることにある程度競争を導入して、自分や自分の家族をより幸せにしたいという気持ちを政府が尊重することによって人々にきちんとした自立心、自尊心を持たせ、怠惰を抑制し、他人の重荷となることを恥としないフリーライダーが人並みの幸せを持てないようにし、かつ言論の自由やプライバシーの権利などをなるべく政府が尊重するようにする国家が望ましいということです。(つまり政府が格差の小さい社会を作ることだけに政府が努力すると、社会がぬるま湯になり、社会を支配する中庸の徳が偽善に変わってしまい、結果最終的に元の木阿弥になって悪がはびこってしまうという見解を持ち、かつ弱者は不幸になるべきでないがクズは不幸になるべきという見解を持つということでもあります。)
話が脱線してきたので元に戻します。
つまり先進国民主主義国家などというものは例外なく悪党国家で支配階層が上述した高学歴のフェミニスト女性高級官僚民主主義者のように民衆への冷笑と傲慢に凝り固まっていて日本人の私が日本国政府に請願してもまともに読んでくれる確率は限りなく0%に近いというのが、私が中華人民共和国国家主席であられる習近平殿に請願せざるを得ない理由です。
以上で私が習近平殿に請願したい理由、請願せざるを得ない理由の説明を終わります。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
最後になりましたが、中華人民共和国のさらなる繁栄と習近平国家主席のご多幸を陰ながら祈っています。
2023年4月4日
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