2024年5月17日金曜日

統合失調症はどういう病気かということ及び統合失調症なる原因についての私見

 

統合失調症はどういう病気かということ及び統合失調症なる原因についての私見

私見では、統合失調症とは意識上の自分と無意識下の自分との間にある壁が崩れて、意識上の自分と無意識下の自分が混合する病気であると思っている。どういうことかというと健康な人でも夜眠っている時、夢の中のでは意識上の自分と無意識下の自分が混合していてかなり支離滅裂な思考や行動をしていると思うが、統合失調症の人は朝、目覚めてからも意識上の自分だけに切り替わらず、夢の中の自分のままでいるということである。

そう考えると、健常者が統合失調症患者を見て感じる奇妙な違和感(プレコックス感)がどのようなものかも説明できる。つまり意識上の自分と無意識下の自分が混合している状態、夢の中の自分が昼間起きている時も現れている状態の人に対する違和感のことをプレコックス感というのである。昼間ぼさぼさ頭で寝巻を着ている夢遊病者がコンビニにいるのを見たら違和感を感じるように、無意識下の無防備で精神の身づくろいができていない自我が起きているのに表れているのが、統合失調症患者に対する違和感、プレコックス感の正体なのである。

統合失調症が夢の中の自分が起きている時も現れているのだとしたら、なんらかの刺激により統合失調症患者をより清明に目覚めさせることができれば、簡単に統合失調症は治るのではないかという仮説がなりたつが、その仮説は半分当たっていて半分間違っているというのが私の実感である。

詳細は後述するが私が統合失調症の急性期で入院していた時、夜寝る前の薬を飲むと確実にその夜のうちに死んでしまうような強い恐怖感を伴った確信が一週間ほど続いた時があった。その時私はいろいろ考えた結果、覚悟を決め、よし、死んでやろうと捨て身になって毎晩薬を飲みこんでいたのだが、朝になると不思議なことに毎回助かっているのを確認していた。6日目の朝だったと思うが、起きてみるとふと自分が悪い夢からさめたような気分になって急性期の錯乱状態から正気に戻っていた。

今、統合失調症発症から14年目にして、完全寛解(完全に認知機能障害が治った状態)から6年目の時点から考えると、入院から2か月くらい経ったこの正気に戻った時にすでに統合失調症は半分くらい治っていたのだと思うが、残りの半分はまだ治っていなかったと思っている。残りの半分をどう治すかというと、自分で意識的に自分の精神の無意識下の自我の部分で意識上に現れて、枯れてしまった部分を刈り込んで、あとは自然治癒力によってその部分が再生することを待つことが必要であると私は思っている。

要するに統合失調症が治るということは捨て身になって恐怖を克服しようと思えば、ある程度、意識上の自分と無意識下の自分が分離されるが、それだけでなくその後も急性期と同じように意識上の自分と無意識下の自分が混合した部分があるので、その部分で不要なところは意識的に刈り込むことが必要だということである。つまり薬を飲んでただ待っているだけでは絶対に治らない病気が統合失調症だと私は思っている。

 

またどのような人間が統合失調症になりやすいかというと、一般的にはストレスに弱い人間がなりやすいと言われているが、私見によればストレスに強すぎる人間というか、克己心の強い人間、障害や恐怖にあくまで立ち向かおうとする人間が統合失調症にかかりやすいと思っている。つまり恨みを忘れたり、許したり、志を諦めたり、負けを認めたり、世間に妥協したりしない精神的に剛強な人間ほど統合失調症になりやすいということである。そうでなければ意識上の自分と無意識下の自分を分けている壁が叩き壊されるほどのストレスを自分の心の中にかけることはできないからである。

このことから統合失調症を予防するために何が大切かというと、人生において時には忘れ、許し、あきらめ、負けを認め、妥協することも大切だということを知ることが一番重要だと言えるかもしれない。

また上記に述べたように統合失調症は人生に苦悩するような剛強な人間がなりやすいが、統合失調症を治った人間はみんな突き抜けた明るさを持った柔弱な人間に変化している。(また私見ではそう変化しならなければ治らない。)また統合失調症は脳の過活動により、奇妙なことをいろいろなことをひらめきやすい病気だが、統合失調症を完全寛解した人はものすごく社会に役立つようないいひらめきをする頭のいい人になることが多い。つまり統合失調症とは人類がより聡明になるためにある進化のための乗り越えるべき障害としてあるのであって、基本的に病気、つまり無理をしすぎて弱った体を原状回復させようとするために出る身体症状や心理症状、ではないと言えるかもしれない。

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